食事などの準備のためには「水」が必要である
校庭の隅にある応急給水設備へ 持ち運び用のポリタンク、ポリ袋を持参して移動する 既に、水道局の方が給水車とともに給水設備を設置済み、 説明していただいた。 緊急時には、水道局の方も駆けつけることはできないので、 私たちが施設管理者の方に防災倉庫を開けてもらい、 マニュアルを見ながら工具を使って私たちで設置することになるそうだ。 マンホールの蓋をずらし、ポンプを設置する。 洗濯機のホースの大きいものね・・との声が上がる だんだんと何人かでやってみれば何とかなるのかなと思えてきた。 市内64カ所の小中学校、公園などに設置してあるそうだ。 一人一日3㍑として、3日分、11,000人分が確保されている。 毎月一度は残留塩素などの検査をしているそうだ。 水からカセットコンロでお湯を沸かして アルファー米に注ぎ、蒸らして待つこと20分でほかほかの炊き込みご飯ができる。 小さい段ボールに、しゃもじやパック、お箸もセットされている。 今まで訓練を重ねてきた近隣の自治会の方に教わりつつ,すすんでいく。 水を注ぐとできるには1時間かかるそうだ。 なかなかお湯が沸かず、苦労する 傘やお盆で風を防ぎながらであった。 体育館の中はとても暑く、扇風機が回っていても、蒸した。 冬は、寒いであろうと思われる。(子どもの卒業式の控え室であったことを思い出す。) 蚊が入るので、窓には網が張られていた。 四隅をガムテープでおおい、なかなかよくできていると思った。 畳の上にブルーシートをしいて、圧縮して保存された毛布を使用した。 横になると、歩く人の振動がとても伝わり、軽い地震のようだった。 簡易トイレ、ファミリースペース用の仕切りなども組み立て訓練があった。 トイレの組み立ては重量もあり、大変であったそうだ。 #
by sakurahn
| 2009-08-31 21:01
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8月29日夕方より30日朝にかけて、小学校通学地域内の自治会による合同の訓練があった。震度6以上の揺れがあり、避難勧告が出されたという想定である。
自主防災会役員、行政の職員、学校の管理者一緒にが学校の体育館に泊まっての訓練である。 初めてのことであり、とても学ぶ事や、感じることも多かった。 しかし、平凡に暮らしていると思っている私でも、とても疲れた。 そして、軽い労働をして疲れを感じると共に運動不足を感じるという、 不思議で重い疲労感が翌日まで残った。 災害時に避難された方々の生活を思うと、大変なご苦労をされたのだと思う。 お年寄りや子ども、病気、ひとりではなかなか生活できない方などの事など、課題は多くあるように思った。 自治会ごとに学校の体育館に集合して、説明を受け、運営会議の後、各班行動訓練。 まずは総務班より渡された「避難カード」を記入。 物資班はブルーシート、食料、備品などを防災倉庫から運搬。 環境班は物資を配布、設置。 情報班は掲示板に情報の掲示。 食糧班は水を運んで食事の準備。 アルファー米と缶詰と味噌汁のあとは、 応急救護法の講義と実習、阪神・淡路大震災のビデオ上映、人数確認、消灯 翌日は起床、人数確認、ラジオ体操、パンとジュースで朝食。片付け。 運営会議ののち解散となった。 #
by sakurahn
| 2009-08-31 17:40
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生活クラブ埼玉の20周年記念行事だったと思う
朗読劇「この子たちの夏」に参加した時のことを思い出した まずは台本の読み合わせから始まった 淡々と順番に読み上げていった 行ってきますとランドセルを背負った子どもが戻ってこなかったというシーンで 私は急に感情がこみ上げ、涙が出そうになり、声は震え、とぎれそうになった。 急に・・・である。 地人会にもご縁のある先生は全くの素人の私を含めた、組合員達に やさしくも専門的に妥協もせず指導して下さった 埼玉会館の舞台に無事立てたのは非常に思い出深い経験であった 音楽係にでもと思ったのだが、実際朗読できてよかったと思っている 感情を込めて淡々と朗読するというのが先生のお言葉であった 朗読は楽器で音楽を演奏するのと似ているが「違うぞ、 どうすればいいのだろうか」と思いながらの練習のスタートであった 子育て真っ最中の私は、当時は小学生であった私の子ども達が 行ってきますとそのまま戻ってこなかったらと瞬時に思ったのだろう 今なら、こういう時には自己覚知、自己一致が必要だと思えるが 2~3ヶ月の短い期間に最高のものをめざして指導して下さった 先生のお陰で経験できたことだと思う ヒロシマの爆心地近くの平和公園内の原爆死没者慰霊碑の石室前面には、 「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と刻まれている このお盆休みに子ども達と会う時には ヒロシマについて話をしてみようと思った #
by sakurahn
| 2009-08-06 08:16
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義母はそれなりに食べ物にこだわりがあり、
いつのまにか美味しい物を売っている所を探してくる人である 買い物もまめにしていた 10年くらい前だろうか、近所のスーパーが閉店した まもなく、メインの道路沿いにコンビニが開店した 最近、夫はよく帰省している 家電や大きな物、ちょっとしたものは夫が帰省の際に 車で買い物に出るようになった 義母もついにバイクは廃車にしてしまった そうなると、もう、スーパーへの買い物は とても大変なことになってしまう 最近、JR駅近くの大型スーパーに一緒に買い物に行った 昔は駐車場に入庫するのに大変であったが 週末というのにがらがらであった 中には人も少ない 先日NHKクローズアップ現代で買い物に行くのにバスを利用したりと 車で行くのもとても大変であるというのがあった 近くのお店が次々と閉店していて、 何キロか先の近郊のスーパーへ行くしかないのである 義母の所も郊外の団地であるが、事情は同じ・・・と思った 義母は、先日キャラバンをきっかけに生活クラブに加入した 戸配である 以前は班もあったようだが・・・ おもわぬきっかけの加入であった 早速、牛乳、卵を頼んだようだ 配達ルートとしては遠い場所かも知れないが 私にしてみればありがたい助け合いのように思える 感謝です しかも、キャラバンをしていた人は、クミ-ズの人でした こんなこともあるのですね♪ #
by sakurahn
| 2009-07-14 08:09
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近隣の自治会合同で防災訓練があった
大規模災害時はご近所の助け合いがいかに大事かを強く思った <煙の体験> 火災で亡くなる方の多くは煙だそうだ 片手で鼻、口のあたりをおおい、片手で壁を探りながら低姿勢で 出口を探ることが大事である。 白い、安全な煙でも体験してみると全く前が見えない。 写真テントの左の女性のように、 透明なごみ袋をかぶると、いくらかは楽のようである 人間は20%くらいしか酸素を消費しないので それなりにもつようだ。 <消化訓練> まず、「火事だ」と叫び 「119番通報してください」「消化器を集めてください」と指示を出す 指示がないと誰かがしているだろうと通報が遅れるそうだ それから 消化器のピンを抜く 取っ手を持って移動 ホースの先端をもつ(ホースが圧力で暴れないように根元を持たない) レバーを握って消火する。または消化器を置いて上からレバーを押す それでも消火できなければ安全な所へ避難する <地震体験車>では阪神淡路地震の揺れを体験する 昔はよく、火を消すと言ったが 今は可能であれば火を消す 大事なことは命の確保である。 つまり、頭を守るということである。 頭をやられると、死ぬからだ 机の下などにもぐって、机の脚の下の方を持つ 阪神淡路のときは15万人が生き埋めになったそうだ そのうち11万5千人は自力で脱出 3万5千人が生き埋めになった。 消防、警察、自衛隊などによる救出は30%くらいの約5000人 あとはご近所のかたが救出したそうだ さいたま市は人口120万人、消防の方は1200人だそうだ。。。 #
by sakurahn
| 2009-07-06 22:58
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